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2020.06.29

【特集】議論の余地ない「緊急事態」憲法明記

1年前に日本人の誰が、現在の日本の状況を予想できただろう。パンデミック(世界的大流行)となった新型コロナウイルス感染症は、人々の命が失われ、社会が混乱の渦に巻き込まれるという危機が現実に訪れることを呼び覚ました。戦後長い期間、太平な生活を享受していた日本人には、予想すらできなかった事態だ。

 

新型コロナの感染拡大阻止のため、自粛の要請とはいえ、政府は新型インフルエンザ特措法に基づき、国民の私権を一定程度制限する緊急事態宣言を発出し、国民もそれを受け入れた。

 

しかし、この緊急事態宣言は、残念ながら最高法規である日本国憲法で規定されたものではない。一部とはいえ私権を制限するという重要な結果を招くにも関わらず、単に新型インフル特措法に基づいたものに過ぎない。

 

緊急事態が起こる可能性は、新型コロナのような疫病の拡大だけでなく、大規模災害、日本への武力侵攻、大規模なテロ活動などさまざまなケースが想定される。

民主主義社会においては国民の権利を保護することの重要性は論を持たないが、だからこそ権利を制約することが必要な事態に至った場合、政府の行動を憲法で規定することが必要なのだ。

憲法改正論議が進んでいるが、憲法に「緊急事態条項」を盛り込むことは、もはや待ったなしの課題となった。

 

▽戦後初の〝緊急事態宣言〟

2020年4月7日午後7時過ぎ、首相官邸で記者会見した安倍晋三首相は「先ほど諮問委員会の御賛同も得ましたので、特別措置法第32条に基づき、緊急事態宣言を発出することといたします。対象となる範囲は、関東の1都3県、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、関西の大阪府と兵庫県、そして九州の福岡県であります」と述べ、緊急事態宣言を発出した。

日本にとって戦後初の“緊急事態”宣言を発表した安倍首相の表情はやや上気しているように見えた。

 

首相が説明したように今回の緊急事態宣言は、特措法第32条に基づくものだった。宣言の内容や経過については散々報道されているのでここでは割愛するが、この法律の特徴は、①方針を決めるのは政府、国民への要請を決めるのは地方自治体と役割が明確に分かれている②罰則規定がない-ことだ。政府の対策本部が「基本的対処方針」を策定し、緊急事態の宣言も対策本部長である首相が行うが、住民に自宅にとどまることや商業施設の休業などの要請は都道府県知事が行った。

 

新型インフル特措法は2012年4月27日に成立しているが、当時は民主党政権下で地方分権的視点を取り入れ、罰則も設けないなど、いかにも〝権利〝や〝人権〟を重視する民主党的な緊急事態宣言となっている。

もちろん、地域の実情に応じて自治体が対応を決めることは重要で、そういう意味では地方分権的な手法は現実的なものといえるが、平時とは異なり、国民の生命が危機にさらされるという緊急事態であっても、罰則がないことの是非は今後論じられるべきだろう。

 

緊急事態宣言の法的根拠となった新型インフル特措法をめぐる朝日新聞の47都道府県の知事アンケートによると、約7割の34知事が「改正が必要」と回答。具体的な改正内容(複数回答)につついては「休業要請・指示に対する補償規定」が26知事、「罰則規定」が25知事だったという。

 

▽「緊急事態」を規定する災対法

国民の生命・財産を保護し、生活に及ぼす影響を最小にするための法律は、新型インフルエンザ特措法だけではない。災害対策基本法や国民保護法などにも、国民の生活を制限するための規定がある。

 

災害対策基本法は第105条で、首相による「災害緊急事態の布告」を規定している。災害緊急事態に基づく緊急措置として、生活必需物資の配給などの制限や、金銭債務の支払猶予、海外からの支援受入れなどの緊急政令を制定できる。さらに、緊急通行車両以外の通行禁止や、医療・土木建設工事・輸送関係者への従事命令のほか、屋内退避の指示や立ち入り禁止の命令など様々な規制措置を盛り込んでいる。

 

また、外国などからの武力攻撃に対応するのが「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」、いわゆる「国民保護法」だ。この法律でも、医薬品や食品などの収用命令、避難指示、通行禁止措置などさまざまな規制措置が盛り込まれている。

 

このほか「原子力災害対策特別措置法」でも、首相が「原子力緊急事態宣言」を出すことができる。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故で、当時の菅首相は2011年3月11日午後7時すぎ、この原子力緊急事態宣言を発令している。この宣言は今もなお解除されていない。

 

以上のように、国民の生命・財産を保護し、国民生活への影響を最小限にするための法律はいくつもある。首相が緊急事態を宣言するのも新型インフルエンザ特措法だけでない。

 

立憲民主党の枝野幸男代表は、今年の憲法記念日にあたり、新型コロナウイルス感染症に触れて「(災害対策基本法の)『立入禁止の命令』等には違反者に対する罰則の規定もある。万が一、こうした手続きが必要になった場合でも、災害対策基本法の『災害』に『新型コロナウイルス感染症とそれによる社会経済活動の停滞』を加えれば、場合によっては法改正すら必要ない。ましてや、憲法の制約で、やるべきことができないということはまったくありません」とのメッセージを出している。

 

枝野氏の論旨は、もし新型コロナ感染症で何らかの施設などの立ち入り禁止措置が必要になるにしても、災害対策基本法を活用すればよい、というものだ。憲法に緊急事態を規定していなくても簡単にできるというわけだろう。

 

確かに、事態が切迫している場合は、そのような手法が必要になることもあるし、法手続き的にはそれも可能かもしれない。しかし、国民の権利を一定程度制限するという重大な措置を行うことに「他の法律を活用すればよい」という考え方でいいのだろうか。「場合によっては法改正すら必要ない」との判断に至っては、国民の権利の重要性について無理解しかないというほかはない。

 

そもそも、国民の権利を限定的、一時期にせよ制約する措置、それがたとえ国会による立法を伴うにせよ、憲法の規定なしに行うことは不適切だ。枝野氏が日頃主張している「立憲主義」は、権力者の恣意ではなく、法に従って権力が行使されるべきという政治原則だ。だからこそ、憲法に緊急事態の条項を明記し、その憲法規定の下に有事に関する立法が必要なのだ。

 

 

▽海外でも緊急事態を想定

「憲法」と一口で言っても、各国の事情によりその内容は大きく異なっている。内容だけでない。改憲に対する姿勢も国によって大きく異なる。

 

例えば、ドイツの憲法である基本法はこれまで60回以上改正されている。改正手続きの容易さもあるが、戦後一度も改正していない日本とは大きな違いだ。そのドイツの憲法は、非常事態に関する詳細な規定を設けているのが特徴だ。非常事態については、天災、暴動などの「内部的緊急事態」に関する規定(第91条)と、外国からの攻撃を受けた場合の「防衛事態」に関する規定(第115条a~1)が設けられている。特に「防衛事態」に関しては、連邦の立法権の拡張や緊急立法、連邦議会の集会が不可能な場合の合同委員会など連邦政府の非常権限について詳細な規定を設けている。

 

また、フランス憲法でも第16条で規定しており、憲法上の公権力の運営が阻害されるような非常時には、ほぼすべての国家権力の行使が可能となる。

 

G7では「緊急時の対応を憲法で規定しているのはドイツとフランスだけ」などと言われるが、これは正しいようで誤りでもある。確かに「アメリカ合衆国憲法」には、緊急事態を規定するような条文は見当たらない。その一つの理由は、国の形の違いだ。

 

米国は合衆国であり、連邦制の枠組みの中で、各州は主権を持つ存在として、独自の憲法や政府組織を持っている。法律を制定したり、税を課したりすることも可能だ。

だから州が独自に緊急事態を宣言することを州法で規定していたり、州や州にある地方政府が、自らの対応能力などを超える甚大な被害の恐れがあると認めた場合は、州知事から要請を受けた大統領が、大規模災害宣言または緊急事態宣言を発令したりすることが決まっている。

合衆国憲法には緊急事態の条項はないが、どのような対応をするかは州法などで規定されているというわけだ。

 

▽「憲法に位置づけを」

現在進んでいる憲法改正議論の中で、自民党は自衛隊の明記、教育の充実などとともに「緊急事態条項」の創設も提起している。安倍首相は5月3日、自民党総裁として「憲法フォーラム」で公開されたビデオメッセージで「今回のような未曽有の危機を経験した今、緊急事態において国民の命や安全を何としても守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗りこえていくべきか、そしてそのことを憲法にどのように位置づけるかについては、きわめて重く、大切な課題であると私自身改めて認識した次第だ」と述べている。

 

自民案では「大地震その他の異常かつ大規模な災害により…」となっており、今回のような疫病は想定されていない。だから、現行の自民案についても議論が必要となるだろう。

 

しかし、憲法の中で緊急事態を位置づけることについては、国論が分かれているのが実態だ。毎日新聞が4月18、19日に実施し、5月3日付け朝刊に掲載した全国世論調査では、緊急事態条項を創設する自民案について「賛成」が45%だったのに対し、「反対」は14%、「わからない」が34%となっている。

また、時事通信の5月の世論調査では、「緊急事態条項」への「賛成」が41.9%だったのに対し、「反対」が54.9%となっている。

これらの世論調査をみれば、国民の意見は割れているということだろう。

 

日本人は戦後、阪神大震災、東日本大震災、相次ぐ台風など多くの人命が失われる事態に直面した。しかし、一方で、それらの災害に対して国民には「限定された地域での災害」との認識があったことも事実だろう。

 

新型コロナ感染症により、日本人が、命と生活を守るための「緊急事態」の重要性を認識したことは間違いない。同時に、緊急事態がもう二度と起こらないということではない、との認識ももったはずだ。

 

だからこそ、感染症、災害、武力侵攻など日本人の生命を守るための条文は憲法にこそ明記し、政府の責務を明確化すべきだろう。

(terracePRESS編集部)

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