【特集】安倍政権が本格化させる東京一極集中の解消
新型コロナウイルス感染症は、日本が内包していたさまざまな脆弱性を顕在化させた。
非正規雇用者やフリーランス、中小・小規模事業者などがしわ寄せを受け、格差の拡大や社会の分断を招きかねない事態になったし、給付金の受給申請手続きや作業の遅れなどは、日本の行政のデジタル化、オンライン化の遅れを明らかにした。特定国や地域に依存したサプライチェーンの脆弱さも露呈した。
こうした日本の課題の顕在化は、日本社会の抜本的な改革を迫ることになる。中でも、経済機能など中枢機能の一極集中が、日本にとってのリスクになることも再認識された。日本全体を機能マヒに陥らせるような大規模災害への対応も含めて、東京一極集中の解消は、日本の急務となっている。
▽「集中から分散へ」
「今般、テレワークが一気に普及した。様々な打合せも、今や対面ではなくウェブ会議が基本となっている。物理的な距離はもはや制約にならず、どこにオフィスがあっても、どこに住んでいてもいい。こうした新たな潮流を決して逆戻りさせることなく、加速していく必要がある。同時に、3つの密を避けることが強く求められる中において、地方における暮らしの豊かさに改めて注目が集まっている。足元で、20代の若者の地方への転職希望者が大幅に増加しているという調査もある。集中から分散へ、日本列島の姿、国土の在り方を、今回の感染症は、根本から変えていく、その大きなきっかけであると考えている」。
これは、通常国会が閉会した翌日の6月18日、安倍首相が記者会見で語った言葉だ。
新型コロナの感染拡大防止のためのテレワークが促進されたことを契機に、地方圏での生活に目が向けられた。事実、東京を仕事場にする生活は通勤電車のラッシュなどを強いられ、決して快適とは言えない。
それが在宅勤務を行うことによって、ラッシュを避けることができる上に、通勤時間をプライベートに使えるなど、ワークライフバランスを実践できることを、身をもって経験したわけだ。この間、学校の休業もあり、子どもとの触れ合う時間もこれまでにないぐらい増えたことも間違いないだろう。
このように在宅勤務やテレワークは、安倍首相が指摘するように、オフィスがどこにあってもいいし、どこに住んでも仕事ができることを実証した。
東京は日本で最も人口密度が高いため、新型コロナでも分かるように感染症がいったん流行すれば拡大しやすい。また、人口密度が高いことは土地の価格が高いことを意味し、おのずと住居費も他地域と比べ断然高くなる。通勤電車のラッシュは東京の通勤者に無用なエネルギーを消費させている。
それだけではない。最も懸念されるのは首都圏直下型地震のような大規模災害だ。政府の試算では、ある一定の条件の基で都心南部の直下でマグニチュード7.3の大地震が発生すると、全壊または焼失する建物は61万棟、死者は約2万3,000人、けが人は12万3,000人、避難者数は720万人に達する。電力も通信も一定期間途絶し、交通は大混乱に陥る。
企業本社の機能が失われれば、全国の製造、物流機能も一定期間失われるほか、霞が関の官庁の機能が喪失すれば、震災対応すら円滑にできなくなるだろう。
また、建物の密度が高く、空き地も少ない地域が直撃されると、がれきの置き場、処分も容易ではなくなる。
マグニチュード7程度の首都直下地震は、政府の地震調査委員会が今後30年以内に70%の確率で起きると予測しているが、もし現実化すれば、新型コロナウイルス感染症の比ではない、未曽有の大混乱に日本が陥ることは間違いない。
新型コロナでは様々な課題が顕在化し、同時にそれを見直す契機となったが、大規模災害でも東京はこのようなリスクを抱えている。そのリスクを少しでも低減させるためには、国土構造の見直し、東京一極集中の是正が不可欠となっている。
▽多核連携型経済社会の構築
政府は7月17日、予算編成の方向付けを示す「経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来」(骨太方針2020)を閣議決定した。今回の基本方針は新型コロナウイルス感染症の感染防止とウィズコロナ、アフターコロナの新しい社会のあり方を見据えた内容になっている。
当然だが、安倍首相が6月18日やその後の記者会見などで何度も触れた「集中から分散へ、日本列島の姿、国土の在り方を、今回の感染症は、根本から変えていく」との認識も盛り込まれている。
少し長くなるがその記述を示すと、
「感染症拡大により、テレワークの活用を通じて、場所にとらわれず仕事ができるという認識が広まりつつある。こうした動きは、多様な人材の活躍の場を広げ、付加価値生産性向上につながるとともに、地方移住の可能性を広げるものである。『新たな日常』が実現される地方創生を推進していくため、首都圏において地方移住への関心が高まっているこの機を捉え、スマートシティの推進等を通じ、災害リスクも高い東京一極集中の流れを大きく変えるとともに、観光や農林水産業といった地域が誇る資源を最大限活かして、強靭かつ自律的な地域経済を構築することにより、多核連携型の経済社会や国土の在り方を新たに具体化し、国・地方、さらに官民が協力してその実現を進める」
-となっている。
安倍首相の提起した「集中から分散」の国土という考えが、基本方針では「多核連携型の経済社会」という言葉で表現されている。この「多核連携型」とは都市機能を分担し相互補完する経済社会のことだ。
都道府県単位のような一つの地域でも成立し得るし、さらに日本の国土全体を多核連携型に改革することも考えられるが、基本方針では「多核連携型の経済社会や国土の在り方を新たに具体化」と述べており、国土の在り方として多核連携型を目指すものと理解すべきだろう。
▽解消されない一極集中
日本の国土開発をめぐっては、戦後は国土総合開発法に基づく全国総合開発計画(全総)が策定されていたが、2005年からは国土形成計画法に改正され、国土形成計画が策定されている。
全総は、全総という名称では池田内閣時代の1962年10月に閣議決定された「全国総合開発計画」から、中曽根内閣時代の1987年6月に閣議決定された「第4次全国総合開発計画」まで4次にわたり策定されているが、この中曽根内閣時代の4全総の基本目標は「多極分散型国土の構築」とされている。東京一極集中の弊害が顕著になり、それを是正する必要性を初めて打ち出し、特色ある機能を持つ多くの極を成立させることを目指した。
4全総に続いて策定されたのが1998年3月に閣議決定された「21世紀の国土のグランドデザイン」だが、ここでは「一極一軸型から多軸型国土構造へ」とやはり東京一極集中の見直しを掲げている。「北東国土軸」「日本海国土軸」「太平洋新国土軸」「西日本国土軸」の四つの軸を想定し、その各国土軸が近隣諸国や世界との交流を進めることで、国土の発展が期待できるとした。
現在の国土形成計画は2015年8月14日に閣議決定されたもので「対流促進型国土の形成」を目指している。東京圏については、依然として過密の問題が存在し、首都直下地震など大規模災害が切迫しているという問題意識の下、東京を世界有数の国際都市としてさらに国際競争力を向上させる一方で、コンパクトな都市をネットワークなどで結ぶことによって、地域間のヒト、モノ、カネ、情報の双方向の活発な動きを起こすことで、都市地域も農山漁村地域も発展させるという構想だ。
以上のようにこれまでの国土の在り方を考えると、4全総以来、東京一極集中への対策が課題になっていたわけだが、現実をみれば、一極集中は解消されていない。それは企業が、情報が集積する首都・東京に立地する利便性から抜け出すことができなかったのが一因だろう。それにより、企業の雇用者は東京を仕事場にせざるを得ず、その人口の集積がさらに第三次産業の集積を呼ぶという悪循環に陥っているのが東京の集中だ。
▽待ったなしの課題に
新型コロナウイルス感染症は、東京から地方への人の流れを作り出す契機にもなる。では、基本方針が示す「多核連携型の経済社会」とは、どのような経済社会なのだろうか。国土の在り方を考える上で「多軸型」や「多極型」というのはこれまで提起されていたが、「多核型」というのはまだそれほど一般的ではない。それだけではなく、残念ながら実は基本方針からも具体的なイメージは浮かんでこない。
基本方針では、「多核連携型の国づくりへ」と題した項目では①スマートシティの社会実装の加速 ②二地域居住、兼業・副業、地方大学活性化等による地方への新たな人の流れの創出 ③地域の中小企業の経営人材の確保 ④地方都市の活性化に向けた環境整備-などの見出しが並んでいる。
これらの中では
「人口が集積し、大学も立地している政令指定都市及び中核市等を中心にスマートシティを強力に推進し、企業の進出、若年層が就労・居住しやすい環境を整備する」
「二地域居住、『関係人口』の創出・拡大に取り組み、特定地域づくり事業、子供の農山漁村体験を推進し、過疎法の期限切れを見据えた新たな過疎対策等の条件不利地域対策に取り組む。その際、二地域居住・就労が無理なく可能になるよう、兼業・副業、子育て支援の活用、地方税の納税の考え方など、住民から見た制度上の課題を早急に洗い出し、産学連携して移住や二地域居住に向けた取組を推進するための工程を明確化する」
-などと記述されているが「多核連携型経済社会」の形が、それほど具体的に示されているわけではない。
ここに出てくる「スマートシティ」とは、IoT、AIや官民のビックデータなどを活用して、交通、観光、防災、健康・医療、エネルギー、環境など都市が抱える様々な問題についてマネジメントし、全体最適化が図られる持続可能な都市と考えられている。
要するにスマートシティとはいっても、それぞれの機能が異なる可能性があり、その都市機能を、スマートシティが相互補完したり、スマートシティが周辺の地方都市や農山漁村と相互補完したりする経済社会のことなのだろう。
現在は基本方針に盛り込まれているだけで、具体的なイメージは希薄なままだが、今後、さまざまな具体策が出てくると期待される。
いずれにしても、東京一極集中の弊害が顕在化した今、一極集中から分散型国土への転換は待ったなしの課題になっている。分散型国土づくりはすなわち地方創生だ。そしてそれはすなわち、働きやすい、生活しやすい国土づくりだ。一極集中の解消という難題にどう意欲的に取り組むかが安倍政権の課題になるだろう。
(terracePRESS編集部)