なんとも軽い野党の「国民と寄り添う」

今回の改元で国民が再認識したのは、平成時代に天皇陛下が国民の視点に立って、国民に寄り添いながら公務をされ続けたことだろう。平成時代は東日本大震災を始め不幸にも災害が頻発した時代だったが、陛下は常に国民とともに歩んできた。

4月30日の「退位礼正殿の儀」では「即位から30年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します」と述べられたが、陛下が国民に対し深い信頼と敬愛をもたれていたことは、国民が陛下の姿勢に対して深い信頼と敬愛をもっていたことに外ならない。

 

今上天皇が「即位後朝見の儀」で「上皇陛下は(中略)いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その強い御心を御自身のお姿でお示しになりつつ、一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました」「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します」と、まさに国民に寄り添うという上皇の姿勢を踏襲されるというお気持ちを述べられたものだ。

 

さて、今回のご退位とご即位にあたっては、野党もそれぞれ談話を発表している。しかし、上皇陛下や天皇陛下のお言葉と比べるということがそもそも許されざるべきことかもしれないが、あまりにも言葉が軽いのだ。

 

立憲民主党の枝野幸男代表は「新天皇陛下の御即位にあたって」と題した談話で「立憲民主党は、国民から負託を受けた政党としてその課せられた責任を果たし、それぞれに幸せを実感できる社会経済、『まっとうな政治』の実現を目指していきます」と述べているが、〝まっとうな政治〟ができていないのは、政権批判、揚げ足取りだけに終始するような政治を行っているという自己認識すらできていない証だ。そのため、「負託を受けた」とは言っているが、現実の支持率は5%前後でしかないのだ。

 

国民民主党の玉木雄一郎代表も「天皇陛下の御退位、皇太子殿下の御即位にあたって」との談話で「令和の時代が平和と繁栄の時代となることを願いつつ、国民民主党としても、様々な課題について、国民の声を聴きながら、『新しい答え』をつくっていく決意を新たにしています」と述べているが、国民の声に耳を傾けていないから、現在のような国民の間で存在感のない政党に過ぎないのだ。

両代表の言葉は、なんとも現実離れした軽い言葉でしかなく、決して国民に寄り添った政党とは言えないのである。

 

ちなみに、共産党の志位和夫委員長は「新天皇の即位に祝意を表します。象徴天皇として、新天皇が日本国憲法の精神を尊重し擁護することを期待します」との談話を発表しているが、「祝意を表す」とは言いながらも祝意を微塵も感じさせないこの談話こそ、党の綱領で天皇制について「党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と記し、天皇制を認めない共産党の体質そのものだ。

 

(terracePRESS編集部)