万歳を理解できない共産党

天皇、皇后両陛下が1月20日、両国国技館の大相撲初場所中日の取組を観戦された。両陛下の大相撲観戦は2年ぶりで、ご即位以来23回目。両陛下にとって最後の天覧相撲となった。

 

両陛下は貴賓席から、幕内後半の計9番、弓取り式まで見守りご退場となった。その際、会場から両陛下に対し割れんばかりの拍手が送られたが、その拍手はどこからともなく万歳に代り、やがて会場全体が「バンザイ」の声に包まれた。万歳は自然発生的に起きたもので、ご退位される両陛下への国民の感謝の気持ちだったに違いない。両陛下が国民に慕われ、敬われている証だ。

 

ところで、共産党は24日に開く政府主催の天皇陛下在位30年記念式典に党として出席しないという。出席しない理由について穀田恵二国対委員長が記者会見で「政府主催ということで、私たちは出席しない。それは、通常国会の冒頭で安倍首相が『しきしまの』ということから始まって、政府が今やろうとしている天皇の政治的利用という動きが背景にあると、私たちは感じざるを得ない」と発言している。

 

穀田氏が語った「しきしまの」とは、安倍首相が今国会の施政方針演説で、「しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」と明治天皇が詠んだ短歌を引用しながら、「明治、大正、昭和、平成。日本人は幾度となく大きな困難に直面した。しかし、そのたびに、大きな底力を発揮し、人々が助け合い、力を合わせることで乗り越えてきました。急速に進む少子高齢化、激動する国際情勢。今を生きる私たちもまた、立ち向かわなければならない。私たちの子や孫の世代に、輝かしい日本を引き渡すため、共に力を合わせなければなりません」と訴えたことを指している。

 

共産党はこの安倍首相の引用について「これは、日露戦争のさなかに詠まれ、戦意高揚のために使われた歌だ。日露戦争は、朝鮮半島の覇権をロシアと争った侵略戦争であり、この侵略戦争の戦意高揚のために使われた歌だ」と厳しく批判している。

 

しかし、この歌は「わが日本国民の大和魂は、男々しいものであるが、平生はあらはれなくも、一朝事のある時に、始めて外にあらはれるものではあるよ」と解釈するのが一般的で、首相が指摘している通り、日本人は大きな困難に直面すると、そのたびに底力を発揮し、乗り越えきたことを詠んでいるのであり、日露戦争の戦意高揚ではない。

 

共産党は、この演説を引き合いにして、安倍政権の天皇の政治利用と位置付けているわけだ。

しかし、首相が明治天皇の短歌を引用したことを理由に、記念式典に出席しない共産党こそ、政治利用というほかはない。

 

共産党の主張する科学的社会主義では、歴史も文化も伝統も認めないのだろう。ましてや両陛下に対して自然発生的に万歳をする日本人の心理は理解できないに違いない。共産党から見える光景は、国民の万歳は支配階級に抑圧されているためであり、だからこそ天皇制も廃止し、解放しなければならないということになるのだ。

 

参院選での野党共闘が取りざたされているが、共闘しようと考えている立憲民主党や国民民主党は、共産党のこうした本質には目をつぶるのだろうか。

 

(terracePRESS編集部)